2016-04-28(Thu)
ゴールデンウイークの高校ラグビー その②
今年も、下記日程でサニックスワールド
ラグビーユース交流大会2016が開催されます。
大会概要は以下の通りです。
期間:2016年4月28日(木)~5月5日(木)
場所:グローバルアリーナ
福岡県宗像市吉留46-1
TEL 0940 (33) 8400
試合:予選リーグは、4月28日(木)、29日(金)、
5月1日(日)
順位決定トーナメントは、5月2日(月)、
4日(水)、5日(木)
女子セブンズは、予選リーグ4月28日(木)、
決勝トーナメントは、5月5日(木)
ここに、息子の同級生が、学生レフリーとして参加し
AR(アシスタント・レフリー)を担当します。
彼の名は、田場康資(タバ・コウスケ)
専修大学3回生で、コーチ兼レフリー。
高校2年生の時に、試合中のケガにより、ラグビープレ
ーヤーではなく、コーチ兼レフリーの道を目指すこと
になった。
彼と息子は、幼稚園の時から同じラグビースクールで
プレーして、高校まで同じだった。
私から見て、今迄見て来た息子の同級生の中では、最
高のプレーヤーであった。
小学校の低学年までは、トライするのはいつも彼で、
天性のラグビーセンスと体幹の強さと柔軟性が備わり
幼いながらもゲームメーク出来る選手であった。
小学校の高学年になると、明確にポジションの役割を
こなすことで、トライは少なくなったが、彼がいるから
勝った試合も数知れない。
中学生になっても、彼のラグビーセンスは一段と研ぎ澄
まされ、一流のプレーヤーに育っていった。
中学3年時には、福岡選抜のメンバーにも選ばれ、活躍し
ていた。
因みにお兄さんも、ラグビー選手で、大分の花園常連校
の主将を務めた、ラグビー一家である。
高校に進学してからも、彼の活躍は続き、2年の春に高校
日本一になった時のメンバーでもあった。
悲劇は花園を前にしたある日に起こった。
ある練習試合の次の日の朝、通学途中に駅で倒れて病院
に担ぎ込まれた。
入院して治療したが、ラグビーはこれ以上出来ないとの診
断が無情にも下された。
正直、私は彼にどんな言葉をかけていいのかも分からず、
彼のお母さんに、選手だけが人生ではない。
日本一も経験していることだし、プレーヤーとして短いと
いえばそうだが、すでに色々な経験や肩書は持っている。
彼を、選手としてではなく、世界で通用するレフリーにし
ましょうとメールした。
相応しくないことを書いたのかと、送った後で後悔したが、
数か月後に彼と彼のおかあさんから、有難い言葉だったと
お礼を言われたとき、正直ほっとした。
一流のラガーマンの道は閉ざされたが、一流のレフリーの
道は始まったばかりだ。
彼は、ケガから復帰し、高校ではコーチとして、チームを
引っ張って行った。
彼を知らない下級生の父兄は、彼が雇われたコーチと思っ
ていた方もいたぐらい、役割に徹していたしチームメート
の誰からも慕われていた。
その後彼は、大学に進み、コーチ兼レフリーとして勉強し
ている最中である。
新聞にも取り上げられたので、ご存知の方もいるかもしれ
ないが、とっても素直ないい子である。
ぜひ、GWに彼の雄姿を見に、グローバルアリーナに足を
運んで頂きたい。
ラグビーは、危険なスポーツでもあるので、けがは付き物
であるが、身近な選手が命に関わるけがをしたことを、目
の当たりにすると、息子にこのスポーツさせて良かったの
かと考える事も1度や2度ではない。
息子に、お前の子供にもラグビーさせるかと聞いたら、危
ないし、危険だからさせないとの事。
危ないし、危険だからこそ、人にやさしく出来る事を、そ
のうち分かってもらえるだろうか。
ラグビーユース交流大会2016が開催されます。
大会概要は以下の通りです。
期間:2016年4月28日(木)~5月5日(木)
場所:グローバルアリーナ
福岡県宗像市吉留46-1
TEL 0940 (33) 8400
試合:予選リーグは、4月28日(木)、29日(金)、
5月1日(日)
順位決定トーナメントは、5月2日(月)、
4日(水)、5日(木)
女子セブンズは、予選リーグ4月28日(木)、
決勝トーナメントは、5月5日(木)
ここに、息子の同級生が、学生レフリーとして参加し
AR(アシスタント・レフリー)を担当します。
彼の名は、田場康資(タバ・コウスケ)
専修大学3回生で、コーチ兼レフリー。
高校2年生の時に、試合中のケガにより、ラグビープレ
ーヤーではなく、コーチ兼レフリーの道を目指すこと
になった。
彼と息子は、幼稚園の時から同じラグビースクールで
プレーして、高校まで同じだった。
私から見て、今迄見て来た息子の同級生の中では、最
高のプレーヤーであった。
小学校の低学年までは、トライするのはいつも彼で、
天性のラグビーセンスと体幹の強さと柔軟性が備わり
幼いながらもゲームメーク出来る選手であった。
小学校の高学年になると、明確にポジションの役割を
こなすことで、トライは少なくなったが、彼がいるから
勝った試合も数知れない。
中学生になっても、彼のラグビーセンスは一段と研ぎ澄
まされ、一流のプレーヤーに育っていった。
中学3年時には、福岡選抜のメンバーにも選ばれ、活躍し
ていた。
因みにお兄さんも、ラグビー選手で、大分の花園常連校
の主将を務めた、ラグビー一家である。
高校に進学してからも、彼の活躍は続き、2年の春に高校
日本一になった時のメンバーでもあった。
悲劇は花園を前にしたある日に起こった。
ある練習試合の次の日の朝、通学途中に駅で倒れて病院
に担ぎ込まれた。
入院して治療したが、ラグビーはこれ以上出来ないとの診
断が無情にも下された。
正直、私は彼にどんな言葉をかけていいのかも分からず、
彼のお母さんに、選手だけが人生ではない。
日本一も経験していることだし、プレーヤーとして短いと
いえばそうだが、すでに色々な経験や肩書は持っている。
彼を、選手としてではなく、世界で通用するレフリーにし
ましょうとメールした。
相応しくないことを書いたのかと、送った後で後悔したが、
数か月後に彼と彼のおかあさんから、有難い言葉だったと
お礼を言われたとき、正直ほっとした。
一流のラガーマンの道は閉ざされたが、一流のレフリーの
道は始まったばかりだ。
彼は、ケガから復帰し、高校ではコーチとして、チームを
引っ張って行った。
彼を知らない下級生の父兄は、彼が雇われたコーチと思っ
ていた方もいたぐらい、役割に徹していたしチームメート
の誰からも慕われていた。
その後彼は、大学に進み、コーチ兼レフリーとして勉強し
ている最中である。
新聞にも取り上げられたので、ご存知の方もいるかもしれ
ないが、とっても素直ないい子である。
ぜひ、GWに彼の雄姿を見に、グローバルアリーナに足を
運んで頂きたい。
ラグビーは、危険なスポーツでもあるので、けがは付き物
であるが、身近な選手が命に関わるけがをしたことを、目
の当たりにすると、息子にこのスポーツさせて良かったの
かと考える事も1度や2度ではない。
息子に、お前の子供にもラグビーさせるかと聞いたら、危
ないし、危険だからさせないとの事。
危ないし、危険だからこそ、人にやさしく出来る事を、そ
のうち分かってもらえるだろうか。